COLUMN コラム

旅の目的地を「灯台」にしてみませんか? アクセス方法も特徴もさまざま、灯台巡りのススメ

この記事をシェアする

<この記事は13分で読めます。>

海を明るく照らす「灯台」は、移動を好むドライバーやバイクのライダーなどに愛される定番スポットです。アクセス方法はさまざまで、さまざまな立地条件の中に灯台は佇みます。その灯台を国内外ともにこよなく愛している灯台マニア・不動まゆうさんに、多彩な特性を持つ灯台の中から、旅の目的地として楽しめるものを中心に紹介いただきました。灯台に関する豆知識もあわせて、ぜひご覧ください!

<この記事の目次>

  1. 旅の行き先を「灯台」にすると、わくわくが倍増!
  2. 関東を代表する犬吠埼灯台。車でも公共交通機関でもアクセス可!
  3. 日本初の西洋式灯台が観音埼灯台、レンズファンを魅了する剱埼灯台!
  4. 八角形のすらりとした姿を見せる野島埼灯台
  5. 礼文島・利尻島で離島の灯台を楽しむ
  6. 建設当時の姿を今に残す、日本最古の現役灯台
  7. 灯台に興味を持ってもらえましたか?

旅の行き先を「灯台」にすると、わくわくが倍増!

「旅の目的地を考える」、これほどわくわくすることが他にあるだろうか。取れる休暇の日数や予算、そして目的から場所を決める。どこにしようかなぁ……。

目的は「温泉でのんびりしたい」とか「ご当地グルメを味わいたい」などが一般的だと思うが、私の場合はちょっと違う。私の旅の目的は「灯台でロマンを感じたい」というものだ。ここ10年以上、日本全国、世界各地の灯台を巡ることを趣味として、これまで訪れた灯台の数は、国内外を合わせてそろそろ1,000基になるだろうか。

こう言うと、驚かれることが多い。「灯台はどれも同じような形で、わざわざ見に行くほどのものではない」と思っている人が多いのだ。だがそれは違う。ここは食い気味に否定したい。

灯台は、建てられる場所の地形や気候によって素材や形状もさまざまだ。設計者による特徴を持ち、お国柄も出る。海に突き出た場所ですっくと構えるその姿は、孤高以外のなにものでもなく惚れ惚れする。歴史を背負い、夜になると光を放つ。その姿は地上の星のようで神秘を感じ、私は心底「灯台」にロマンと美を感じているのだ。

もちろん灯台の役割は、船を導く航路標識だ。しかし標識としてだけでなく、文化的にも評価されるべきだと私は考えており、その魅力を発信するため、自腹でフリーペーパーを製作し2014年から発行している。その名も『灯台どうだい?』。灯台を楽しんでみてはどう?という思いを込めて作っている。この活動も今年で8年目となり、共感してくれる人が増えてきたように感じている。

灯台のフリーペーパー『灯台どうだい?』

この記事でも灯台の楽しみ方をお伝えしたい。灯台が面白くなると、行きたい場所がぐんと増える。

「と言っても海ばっかりでしょ?」と思うかもしれないが、灯台は小高い場所に建てられることが多いので、山登りだって楽しめる。つまり、わくわくが倍増するのだ。

まずはアクセスしやすい場所から行ってみよう。そこであなたの琴線に触れることができたら、無人島に立つ灯台や、世界各地の灯台へも誘いたい。

関東を代表する犬吠埼灯台。車でも公共交通機関でもアクセス可!

千葉県銚子市が誇る歴史的灯台が「犬吠埼(いぬぼうさき)灯台」。2020年には現役灯台として初めて国の重要文化財に指定され、今まさに注目を浴びる灯台のひとつ。白亜の塔がまぶしく、神々しささえ感じる灯台だ。

建てられたのは明治7(1874)年。スコットランド人のリチャード・ヘンリー・ブラントンの指揮で建設された。ブラントンは欧米の技術や制度を導入するために雇用された「お雇い外国人」のひとりである。8年間の在日期間に約30基の灯台を建設し、「日本の灯台の父」と呼ばれる人物だ。

と、ここで疑問が生まれるかもしれない。外国人によって灯台を建設していたということは、明治になるまで日本には灯台がなかったのだろうか……。

実は江戸時代には、「日本式」の灯台が存在していた。「燈明薹(とうみょうだい)」などと呼ばれ、石灯籠や木造の小屋の窓から、油に浸した灯芯を燃やして光を発していたのだ。イメージ的には大きめの行灯といったところか。

浦賀燈明堂(神奈川県横須賀市)

かつて大阪と北海道を日本海経由で航海していた商船「北前船」のような廻船の航路には、こうした燈明薹が建てられていた。しかし燈明薹程度の光力では、列強国の大型船を安全に導くことができず、近代的な西洋式灯台の建設が求められたのだ。

犬吠埼灯台が建てられた当時、高さ30メートルを超える姿を見て、銚子の人はどれほど驚いただろう。土の塊である小さなれんがでこんな大きなものが建つとは、にわかに信じられなかったかもしれない。そして灯台の光も脅威だったようだ。当初、灯台の光で魚が逃げ、不漁になると危惧した人が多かった。しかし実際に灯台が点灯を始めた年はまれにみる豊漁。地元では銚子の海を守る存在として愛されるようになった。

犬吠埼灯台と白い郵便ポスト

犬吠埼灯台は「のぼれる灯台」だ。その名の通り、灯台の塔にのぼったり、敷地内を見学したりできる灯台で、展示室も完備され、多角的に灯台を知ることができる。現役の灯台なので、航路標識としての運用は海上保安庁が行うが、参観業務は公益社団法人 燈光会が担い、年間を通じて公開されている。このような灯台は全国に現在16基あるので、灯台を巡る際にはまず、この16基制覇を目指す灯台ファンも多い。

灯台にのぼるとバルコニーからは太平洋が一望でき爽快だ(と思う)。

実は私は高いところがちょっと苦手なので、のぼった際にはバルコニーの外よりも、内側でレンズが置いてある場所を見上げていることの方が多い。

そう、レンズ。私は灯台マニアのなかでも特にレンズが好きな「レンズ萌え」なのだ。言わずもがな灯台は夜になると光を発する。この光によって船は灯台の位置を認識し、自分の船が現在どこを走行しているのか判断できるのだが、そんな重要な「光」を遠くまで届ける役割をしているのが「フレネルレンズ」というものなのだ。このレンズは、光を集め一方向に届けるため、プリズムを同心円状に配置している。そのため、形状がカッティングを施された宝石のように見え、夜、点灯する姿がそれはもう美しいのだ。

犬吠埼灯台の第1等フレネルレンズ(通常はレンズのある場所まで登れませんが、「レンズ磨き体験」などのイベントの際はレンズに近づけます)

犬吠埼灯台を訪れた時はぜひ日没まで待って、点灯シーンを眺めることをおすすめする。近くには「犬吠テラステラス」という施設があり、地場野菜やお土産の購入ができるほか、カフェもある。点灯を待つまでの時間も十分楽しめるのだ。

日が沈み、まさに点灯した時の様子

例えば灯台の絵はがきを購入し、灯台の前にある白いポストから投函するのも一興。このポストから送ると、「風景印」が押される。風景印というのは、郵便局にゆかりのある風景や名所を描く絵柄のついた特別な消印で、ここでは灯台と魚の絵柄がデザインされている。私ははがきを灯台仲間に送ったり、自分自身に送ったりしている。全国には灯台がデザインされた風景印は意外とあるので、コレクションとして集めても面白いのだ。

アクセス:東京からは高速道路を使って車で約3時間。銚子電鉄の犬吠駅から徒歩で約10分。東京駅や浜松町駅から高速バスも出ている。

マップ情報Click!

日本初の西洋式灯台が観音埼灯台、レンズファンを魅了する剱埼灯台!

日本初の西洋式灯台は、神奈川県横須賀市の観音埼(かんのんさき)灯台。明治2(1870)年にフランス人技師団の設計で建てられた。これまでに二度の地震で被災し、現在の灯台は3代目に当たる。この灯台も「のぼれる灯台」なのでぜひ訪れてみてほしい。

なぜ日本最初の灯台が観音崎に建てられたのだろう。それは、開港した横浜港に船を導く必要があったためだ。東京湾に入る船が横浜に向けて針路を変える重要な場所に位置するのが観音崎。灯台の建設費は当時莫大な国家予算が必要で、建設地は綿密に検討された上で決定された。私は海図をよく眺めるのだが、それはなぜここに灯台が建てられたか、その理由を考えるのが好きだからだ。

アクセス:京浜急行浦賀駅からバス「観音崎行」(約15分)終点下車、徒歩約10分。JR横須賀駅からバス「観音崎行」(約35分)終点下車、徒歩10分。車では横浜横須賀道路馬堀海岸ICから3km(約5分)、徒歩5分。

マップ情報Click!

では次に、東京湾の入り口を示す灯台を紹介しよう。剱埼(つるぎさき)灯台は神奈川県三浦市にある。観光地ではないため、静かに灯台を眺めることができる。灯台と自分、マンツーマンの時間だ。

この灯台をおすすめする理由はもう一つある。レンズの鑑賞にうってつけなのだ。第二等大型レンズというもので、犬吠埼灯台よりも小さいクラスのレンズだが、塔の高さが低いため、灯台にのぼれなくても外から十分に堪能できるのだ。

また、レンズの表情がいい。この灯台は夜になると30秒間に「緑の光を1回、白の光を2回」閃光させる。そう、灯台はそれぞれに光り方が決まっている。船から見て光の色と周期でどこの灯台か判断できるようになっているのだ。剱埼灯台は、緑の光を放つ面と、白の光を2回放つ面があり、両面で形が違うのが面白い。

緑の光を放つ面と、白の光を放つ面

アクセス:京浜急行三浦海岸駅からバス「剣崎行」(約20分)で終点下車、徒歩25分。車では横浜横須賀道路佐原ICから約13km。

マップ情報Click!

ちなみに対岸からは千葉県館山市にある洲埼(すのさき)灯台の光が見える。この灯台は30秒間に「赤と白の光を1回ずつ」閃光させる。この2基の灯台は、東京湾の入り口の両端に立ち、船を誘導しているのだ。

もし2つの灯台を行き来しようと思ったら、神奈川の久里浜と千葉の金谷を結ぶ東京湾フェリーがオススメ。車と一緒に船に乗って、神奈川県側、千葉県側2つの灯台を楽しむことができる。

もし洲埼灯台に行ったら、灯台のすぐそばにある森田商店で、名物のテングサ100パーセントで作ったところてんを試してほしい。酢醤油もいいが、黒蜜も捨てがたい。お土産として購入も可能だ。

アクセス:JR館山駅から洲の崎方面行きバス(約30分)、洲の崎灯台前下車、徒歩5分。車では富津館山道富浦ICから約40分。

マップ情報Click!

八角形のすらりとした姿を見せる野島埼灯台

さて、洲埼灯台まで来たら野島埼(のじまさき)灯台まで車で30分だ(こうして次々に灯台を巡らせて、灯台好きにする作戦)。ちなみに野島崎は日本で2番目に灯台が建てられた場所。

ここは日の出も夕日も眺められる岬として有名だ。八角形の美しい灯台の周辺は公園のように整備され、朝日や、海に沈む夕日を眺めるのにぴったりの場所。

でも灯台ファンとしては、灯台からも目を離さないでほしい。夕日が沈みしばらくすると、灯台が点灯する時間だからだ。朝は逆に消灯する。

この灯台はある方向だけ赤い光が見えるようになっている。レンズを取り囲むガラスの一部に赤いフィルターが付いているのだ。

一部の赤いフィルター

赤い光は暗礁など危ない海域の位置を示すもので、船から見て「野島埼灯台の光が赤く見える角度は危険」だと伝えているのだ。

近くには厳島神社があり、鳥居と神社境内の屋根、そして灯台が一緒に見える景色が不思議な感じがして面白い。

アクセス:JR内房線館山駅から「神戸経由白浜行き」バス(40分)、野島埼灯台口下車、徒歩8分。車では富津館山道路富浦I C~県道86号、国道410号経由(約30分)。

マップ情報Click!

礼文島・利尻島で離島の灯台を楽しむ

ここまでは車でアクセスしやすい関東の灯台を紹介したが、次はちょっと足を延ばして日本の端っこの灯台を見に行こう。島国の日本は、ぐるりと灯台に囲まれている。その中には東西南北それぞれの「最○端」がある。

日本が管理する灯台の中で、最も北に立っている灯台は宗谷岬(そうやみさき)灯台だ。

ガッシリした造りの灯台である。周囲は公園となっていて、私が訪れた時はキタキツネが草原を気持ちよさそうに走っていた。

アクセス:JR稚内駅から宗谷バス「浜頓別・音威子府方面行き」、「宗谷岬」で下車、徒歩5分。車では稚内空港から25~30分(約23km)、JR稚内駅から35~45分(約31km)。

マップ情報Click!

そしてこのエリアで特におすすめなのが利尻島だ。この島は魅力ある灯台にあふれている。背が高くすらりとした石埼(いしさき)灯台、かわいらしい雰囲気の栄浜埼(さかえはまさき)灯台、四角い塔の沓形岬(くつがたみさき)灯台など、赤と白の縞模様の灯台が多い。これは、この地には積雪が多いため、海から見た際に雪の白に紛れないよう、塔を目立たせるための工夫だ。

利尻空港から比較的近い場所に位置する栄浜埼灯台

アクセス:道道から新湊港の北にある岬へ脇道を入る。レンタサイクルでも巡ることができる。

マップ情報Click!

鴛泊(おしどまり)灯台もかわいらしい。鴛泊港の隣にあるペシ岬(通称灯台山)にちょこんと立っている。現在の灯台は2代目だが、初めて点灯したのは明治25(1892)年だ。

鴛泊灯台。晴れた日には隣の礼文島、サハリン島を見ることもできる

アクセス:利尻島の玄関口・鴛泊港から徒歩5分。レンタサイクルでも巡ることができる。

マップ情報Click!

利尻島は車で1周しても1時間ほどの島なので、ぐるりと灯台巡りを楽しめる。

見晴らしのよい高台にある沓形岬灯台

アクセス:沓形港から徒歩で5分。

マップ情報Click!

旅の日程が2泊3日あれば、礼文島へのアイランドホッピングがおすすめ。礼文島は「花の浮島」とも呼ばれ、多くの高山植物が咲き誇る。開花時期は6〜7月。例えば元地(もとち)灯台はトレッキングルートにあるので、花々を楽しみながら灯台も散策できる。

トレッキング「桃岩展望台コース」にある元地灯台

アクセス:礼文島香深港フェリーターミナルから宗谷バス「桃岩登山口行き」で10分、終点下車、徒歩2時間。宗谷バス「知床行き」で10分、終点下車、徒歩40分。

マップ情報Click!

建設当時の姿を今に残す、日本最古の現役灯台

最後に、アクセスは容易ではないが、灯台を巡る上でぜひ知っておいてほしい灯台がある。それはオリジナルの姿を今に残す現役最古の神子元島(みこもとしま)灯台だ。伊豆の下田沖約11kmの海上に浮かぶ無人島に、明治3(1871)年に建てられた。150年以上も海を照らし続けている。

国の指定文化財にもなっている神子元島灯台

初めて点灯した日には、明治期の要人である木戸孝允や大久保利通もこの無人島に駆けつけたという。当時、灯台の建築・点灯というのは一大国家プロジェクトで、日本の未来に関わる重要なものとして認識されていた。この神子元島は周囲の海流も早く、列強国の船乗りから恐れられていた。近代国家として海外の国々と交流をしていくには神子元島に灯台がどうしても必要だったのだ。

この灯台は石造りの灯台で、地元の伊豆石を使って建てられている。石工職人が100名以上も協力したという。明治、大正、昭和、平成、そして現在の令和と、日本を見守り続ける灯台界の重鎮灯台である。

神子元島にはいわゆる定期連絡船はない。そのため、釣りを楽しむ人のための渡船に同乗させてもらうか、船をチャーターする必要がある。

一般の上陸が想定されているわけではないので足元が悪い。また商店はもちろん、お手洗いも自動販売機もない。今後、こうした灯台へのツアーが企画され、安全に楽しめるようになるといいなと思っている。

マップ情報Click!

灯台に興味を持ってもらえましたか?

ここまで読んでいただいて、灯台のイメージは少し変わっただろうか。

私が初めて灯台に興味を持ち始めたのは今から15年ほど前。都内の海浜公園で東京湾を眺めていたときのことだ。真っ暗な海から一定のタイミングで光が私まで飛んできた。その光は優しく、懸命に生きる我々を見守ってくれているような感じがした。そして灯台について調べていくうちにどんどん惹かれていった。

いろいろな灯台を見てみたいと思い、灯台を旅の目的地にしていったところ、これまでとは一味も二味も違う自分オリジナルの旅を楽しめるようになった。歴史や建築についても興味を持つようになったし、これまでに目にしたことや耳にした知識が、灯台をキーワードに結びついて自分なりの理解につながっていくのが面白くなってきた。

灯台は岬の端っこでポツンと孤立して立っているように見えるが、海からみれば最も目立つ場所にあり、灯台同士が連携して次の港へと船を導いている。

灯台を訪れ、海の向こうの陸地に想いを馳せることで、時空間を超えた新たな発見をすることもできると思う。

あなたの旅の新たな目的地に、灯台を加えてみてはいかがだろうか。

著者:不動まゆう
灯台専門フリーペーパー「灯台どうだい?」編集長。自腹で世界各地の灯台を取材し発行する。灯台愛が溢れる誌面はテレビ番組でも紹介され、ラジオ出演、新聞、雑誌への掲載も多い。灯台愛好会「ライトハウスラバーズ」に所属し、毎年「灯台フォーラム」を企画・運営。「灯台」や「フレネルレンズ」の文化的価値を訴えながら、「100年後の海にも美しい灯台とレンズを残す」ことを目指して活動の幅を広げ続けている。著書『灯台はそそる』(光文社)、『灯台に恋したらどうだい?』(洋泉社)、『愛しの灯台100』(書肆侃侃房)。
Webサイト:灯台どうだい?_編集長:不動まゆうのウェブサイト
Twitter:@mayuu_fudo

編集:はてな編集部

この記事をシェアする

MEMBERSHIP

1分のメンバー登録で、
お得情報、見積もり保存、クルマ比較を
ご利用いただくことができます。

メンバーシップに登録

SNSをフォローする

  • ホーム
  • コラム
  • 旅の目的地を「灯台」にしてみませんか? アクセス方法も特徴もさまざま、灯台巡りのススメ

PAGE TOP