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「テスラ的」を語るときに僕が語ること:What We Talk About When We Talk About “Tesla”ish.【寄稿:matchan.jp】

「テスラ的」を語るときに僕が語ること:What We Talk About When We Talk About "Tesla"ish.【寄稿:matchan.jp】
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 「私は移動する。ゆえに私はある」と書いたのは村上春樹だ。ランナーにとっての永遠の名著『走ることについて語るときに僕の語ること』の中にありそうなセリフでもあるけれど、そちらの本の中で覚えておくべきは、「走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはある」のほうだ。

 「私は移動する〜」は主人公の「青豆」が『1Q84』でデカルトよろしく行き着く境地で、その言葉どおり彼女は物語の冒頭から、乗っていたタクシーが首都高3号線で渋滞につかまるやいなやそれを降りて三軒茶屋あたりの非常階段から地上へと降りていく。そこが、1984年から1Q84年というパラレルワールドへの入り口だったわけだ。

 ジョージ・オーウェルがディストピア小説の舞台にし、アップルが初めてのMacintoshを発表し、ロサンゼルスオリンピックでカール・ルイスが4冠を取った1984年──ぼくは小学6年生で、自由が丘と田園調布と奥沢と九品仏のちょうど中間地点に暮らしていた。当時はまだ、田園調布は渋沢栄一の描いた高級住宅街のままだったし、バブル到来前の自由が丘は何てことない東急沿線の街だった。東横線と目蒲線と大井町線が交差する地元は、すこぶる交通の便がよかった。

 というわけでぼくは概ね、クルマのいらない人生を歩んできた。父がクルマを運転するところはおろか、母が自転車を漕ぐところさえ見たことがないまま育った。学生時代は遊びと通学のために中古車を乗り潰したけれど(いまとなっては車種も思い出せない)、就職して実家を出て都心をあちこち転々としながら暮らすようになってからは、クルマを所有することのリアリティは完全に失われた。必要なときにはレンタカーを借りれば充分に事足りるし、そもそも排気ガスを出さない効率的な都市の暮らしこそが進んだライフスタイルだと思っていた。

 そんなぼくがいまやEVを運転して片道60kmを通勤するようになるまでには、当然ながらいくつかの、そしてささやかながら自分の人生にとっては決定的な、きっかけというものがある。ひとつは鎌倉に引っ越したことだ。もともと鎌倉には家の墓があって縁がある土地だったけれど、リーマンショックや3.11のあとで都会暮らしからのシフトを真剣に考え出し、初めての「県民」となった。ただ、三方を山に囲まれたいわゆる「旧鎌倉地区」と言われる中心地なら、やはり必ずしもクルマは必要なかったし、自然に寄り添った暮らしを志向して移住するなかで、クルマを持とうと思うこともなかった。

「テスラ的」を語るときに僕が語ること:What We Talk About When We Talk About

 次の転機は、妻が40歳を機に初めて運転免許を取ったことだ。当然ながら、免許を取れば無性に運転がしたくなる。ペーパーのままだとすぐにスキルを忘れてしまうだろうことは想像がつく。そもそも妻は家族6人(なんと4姉妹なのだ)が自家用車で旅行するような原風景のもとで育っている。そういうわけでぼくは20年ぶりにクルマを購入することになった。中古のポンコツのMINI、数十万円という最安値だった。鎌倉の道は狭い。それに、どうせすぐにどこかにぶつけるだろうし、近場を運転するぐらいなら、これで充分だと考えていた。

 趣味のトレイルランニングで家の裏山のホームコースを走っていて左足を骨折したのは、ちょうど3年ほど前のことだ。幸いにしてギブスをしながらでもクルマの運転はできるので、妻のポンコツのMINIを「徴収」し、渋谷にあるオフィスやその他の移動に使うことになった。そこで改めて気付かされることになるのだけれど、このMINIは本当にポンコツだった。馬力はあるのだけれど、高速を走っていると車体のガタつきもあって車内はうるさく、空調は汚れていて、電気系統の調子が悪くてアクセルを踏んでも反応しない、ということがたまにあった。特に深夜に疲れ果てて復路の高速を運転して帰るのに、文字通り死の危険を感じ始めたのだ(念のために申し添えておくと、それはMINIのせいというよりも、経年変化とメンテナンス不足のせいだ)。

 排気ガスのことも頭をもたげた。仕事柄「カーボンフリー」や「グリーンテック」という言葉が頻出するメディアを率いていながら、自分が排気ガスを撒き散らしながら往復120kmの通勤をすることは、職業倫理に照らしてありえないことだった。ギブスが外れてまた湘南新宿ラインでも仕事に行けるようになった頃、今度は新型コロナウイルスが襲来した。やむを得ず移動するのに密を避けるには、この数カ月ですっかり馴染んだクルマ通勤が理に適っていた。タイミングが良いのか悪いのか、そんなタイミングで車検目前のMINIがついにウンともスンとも動かなくなった。パンデミックのなか、ぼくはMINIを廃車にして、TESLAのModel3に乗り換えることにしたのだ。

 鎌倉の拙宅から渋谷のオフィスまでの道はほとんどを高速道路が占める。くねくねの1本道である金沢街道をほぼ端から端まで走って朝比奈峠から横浜横須賀道路に入り、湾岸線を経由して首都高3号線の高樹町で降りてオフィスに着くまで1時間と少々。その間45分ほど、距離にしてほぼ90%は高速を走ることになる。そして、TESLAのADAS(先進運転支援システム)である「オートパイロット」が真価を発揮するのがそんなときだ。体感として、クルマ通勤のストレスや疲労が半分以下になったと感じる。

 何より「スピード」と「渋滞」という2大ストレスから心理的に解放されたことの恩恵は計り知れない。速度を設定して車線を決めれば、あとはゆったりと構えてハンドルに手を置き、前方を見ていればいいからだ。もちろん、「オートパイロット」は自動運転技術ではなく運転の全責任はドライバーにあるし、実際にそれで事故も起きていることは100万回強調した上で、それでも速度制限を気にしながら車線変更を繰り返しついつい先を急いで飛ばしてしまいがちだった自分にとっては、運転がものすごく安全で楽になった(深夜の帰り道に死の危険を感じなくなったのはありがたい)。

 車内では基本的に、自分が携わるWEBメディアの大量の記事をPOCKETという音声アプリに読み込ませて1.7倍速でAIに朗読させて聴いているのだけれど、運転に意識が飛ぶことなくじっくりと耳を傾けられる。Zoomでの会議を移動の時間に充てることもできて、目的地の駐車場に着いても、エンジンの空ぶかしをすることなく、そのまま車内で快適に会議を続けられる。

「テスラ的」を語るときに僕が語ること:What We Talk About When We Talk About

 つまり、車内空間がすでに運転室ではなく別の空間へと変わろうとしているのだ。これから自動運転が実装されたときに大事になるのは、「時間通りに着く」ことだ。これは遅刻しないということではなく「早く着きすぎない」ということを意味する。目的地に早く着きすぎて所在無さげに時間を潰すよりも、移動時の速度を調節してゆっくりでいいから車内の快適な時間を最大限享受して、時間ピッタリに着いたほうがいい。将来は目的地への到着時刻を設定して、あとは車内でZoom会議やらちょうどその時間枠のNetflixやらを楽しむことになるのだろう。高速で都心から1〜2時間位の距離圏への移住がさらに加速するはずだ。

 TESLAのような電気自動車は、もはやクルマではなく車輪のついたiPhoneだ、と言われることがある。実際のところ、ぼくもますますそう感じている。身近に常にあって、15分取り上げられたらもう正常心ではいられない。大切なのはなによりもデータであり、日々アップデートされ更新されるソフトウェアだ。そして何より、大画面のディスプレイひとつにハンドル+レバー2本以外何もないダッシュボードのウッドパネルの潔さをぼくは気に入っているし、まるでガラケーのあとに初めてiPhoneを手にしたときのような、禅に通じる美意識を感じる。願わくばこれが、日本から生まれてもよかったはずなのに。

「テスラ的」を語るときに僕が語ること:What We Talk About When We Talk About

 こうして振り返ってみれば、生まれや育ちからもともとクルマというものに頓着がなかったからこそ行き着いた選択だったのかもしれない。でもひとつ言えることがある。それは日々の移動が、とても楽しいということだ。緊急事態宣言の数ももう思い出せないぐらいのステイホームの日々、東京までの往復は生活のアクセントであり、物思いにふけったり、新鮮な情報をインプットしたり、20世紀にタイムスリップしたかのような京浜工業地帯と東京湾に浮かぶ大型タンカーが見えるパラレルワールドへと突入する貴重な時間だ。「私は移動する。ゆえに私はある」 ── そう思えるならば、やっぱりこれは、立派なクルマなのかもしれない。


撮影:藤田慎一郎

著者:matchan.jp
編集者。東京都出身、現在は鎌倉で妻と半野良ネコ1匹、ニワトリ2羽と暮らす。出版社で数多くのベストセラー書籍を手掛けたのち、2018年よりテックカルチャーメディアの日本版編集長に就任。手掛けた書籍の代表的なタイトルは『FREE』『SHARE』『BORN TO RUN 走るために生まれた』『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』『マインドフル・ワーク』など多数。訳書に『ノヴァセン』がある。趣味はランニング、サーフィン、庭仕事、ビール。

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