人生を持ち寄る場所、ライブハウス。ここに辿り着くまでに1人1人に様々な物語がある。
ほら、今日も聴こえてきた。
「やっぱりCDとライブじゃ同じ曲でも違う良さがあるなあ」
鮮やかなライトが放たれ、僕はメロンソーダを飲みながら音に包まれていた。
このバンドのライブがきっかけで付き合い始めた彼女とはもう2年になる。一目惚れ、どストライクだった。
いまだに二人の共通の趣味はライブで、どちらかと言うと彼女の方が音楽に詳しい。昼過ぎに届いた「あっくん、ごめん、今日少し遅れそうだから先に行ってて」というLINEからも彼女の音楽愛が伝わってくる。そんな彼女でも、やはり定時で仕事を終わらせるのは難しいようだ。
17時過ぎ、僕が大好きな曲が終わったところで彼女の姿が見えた。約束もしていないのに僕と同じタオルを首に巻いている。前回のツアーグッズだ。僕は手を振る。振った手は次の曲『ナビゲーション』のイントロのギターリフと見事にシンクロして彼女を呼ぶ。ライブで一番盛り上がる曲。そのAメロが始まる頃にはもう彼女は乗っていて、その勢いのまま、メロンソーダを飲み終えた僕の手を握る。僕らは意気揚々と前へ走り出した。
「何をイチャイチャして…」
鮮やかなライトに導かれるように、突然私の前に若いカップルが割り込んで来た。意気揚々と。
首にお揃いのタオルを巻いてはしゃぐ二人にイラッとしたが、イラッとすればするだけ損だと自分に言い聞かせる。
この曲『ナビゲーション』のサビはいつだって嫌なことを忘れさせてくれる。たった今一番好きな曲を邪魔されたフラストレーションさえも。
数年前、この曲と出会い、私のハートのど真ん中を撃ち抜かれた。それ以来この曲が始まると一緒に歌ってしまう。周りに人が大勢いたとしても今ここは私一人だけの世界。迷惑かからない程度に歌う。サビのこのメロディーが、この言葉が、日頃のストレスを吹き飛ばしてくれる。その後の間奏のギターリフ。ここでオーディエンスは手を左右に大きく振る。これはもう定番で、イントロ、間奏、アウトロの3回、どんどん盛り上がっていく。その動きはまるで溜め込んだストレスに、呆れるような日常に、さよならしてるみたいで私はいつも笑ってしまう。
ただ、ふと心配になるときがある。この曲もう何年も昔の曲。何年も昔の曲がライブで一番で盛り上がるって、バンドにとってどうなの?もちろんこの曲には沢山の思い出もあるし、ずっと歌い続けてきた説得力もある。でも、そろそろこれを超える曲を作ってくれないと。
本当にさよならしちゃうかも。
「どんどん行くぜー!」
ライトが照らすその先に、大勢のオーディエンスの顔が見える。その一人一人に語りかけるように俺は歌う。
メンバーは四人。せっかくなのでメンバー紹介をさせてもらおう。
この後ろでニヤニヤしている男。ドカドカうるさいドラマー。前のめりなリズムで僕たちを引っ張ってくれる。空きあらばドラムスティックを回す、バンドのムードメーカー。八割方ムードメーカーはなぜかドラマーだと決まっている。
そのドラムに絡みつくようなベース。ストラップが異常に長く、腰を曲げて低い位置で弾くタイプのベーシスト。雷鳴のような音を鳴らす。地べたを這いづり廻るような重低音がきっとあなたの落とし物も見つけてくれるはず。
そして誰よりも繊細なギタリスト。結成当初は美少年と呼ばれた彼も、この年月によってすっかり大人のギターを弾くようになった。しかし、心はいつでも初めてギターを鳴らした少年の頃のままだ。
この三人の演奏の中、俺は自由に歌わせてもらい、自由に遊ばせてもらう。それがこのバンドだ。
ライブばかりを続けてきた十数年だった。ロックンロールとはよく言ったもので、この四人で転がり続けてきた。
いいときもあれば悪いときもある。
「どんどん行くぜー!」と言ったものの、なかなか前に進めないときもある。それでも転がり続けた。いつも最終目的地はライブハウスだった。
今日もそうだ。転がって転がってライブハウスへ向かう四人。例えるなら、このバンドワゴンの4つのタイヤのようである。
そんなことを考えながらひた走る夜の東名高速道路。ヘッドライトの向こうに大勢のオーディエンスの顔が見える。
明日は東京でライブ。いや、明日というか、もう今日か。
「あっくん、ごめん、今日少し遅れそうだから先に行ってて」
昼休みに彼氏に送ったLINE。今夜は2人でライブに行く予定なのに、どうやらスタート時間に間に合いそうにない。彼だけでも先に行ってもらおうと思ったんだけど、「職場を出たところで待ってるから、車で一緒に行こう」って返信してくれた。ライブは会場に行く道中からもうすでに始まっている気がする。このワクワクは他の何物にも変えがたい。そう思うと驚く程やる気が湧き、仕事がとても捗る。おかげで定時の17時を少し過ぎた頃には職場を出ることができた。
もうすっかり日は暮れて、並ぶ車のライトが綺麗だった。私を見つけ、車内から手を振る彼。
車に乗ると今日観に行くバンドの大好きな曲『ナビゲーション』が流れていた。メロンソーダをグビッと飲み干した彼の手を高揚感からついつい握る。そして車は前進。カーナビの目的地はもちろんライブハウス。
良かった。どうやらスタート時間には間に合いそう。でも、割り込んじゃった後ろの車のお姉さんごめんなさい。怒ってるかなあ?恐る恐るルームミラーで確認してみる。大丈夫そうだ、楽しそうに歌ってる。一人だけの世界を楽しんでる。じゃあ、どんどん行かせてもらおう。ルームミラーの中で小さくなるお姉さんの車に「さようなら〜」と手を振った。

「目的地に到着いたしました」
今日も眩しいライブが始まる。
バンドもオーディエンスも、一人一人の人生がここで交差し、照らし合う。
スピードも違えばエンジンも違うのに。
ここまで随分とまわり道をしてきたが、その全てがライブだった。とことんライブがしたい。ど真ん中、どストライク、そして、どライブ。まわり道を楽しむドライブをしよう。

著者:北島康雄
1983年徳島県生まれ。“日本一泣けるコミックバンド”を掲げる4人組バンド「四星球(スーシンチュウ)」でシンガー&脚本・演出を担当。
2002年の結成以来、地元徳島を拠点に全国でライブを展開し、15周年の2017年にメジャーデビュー。最新アルバム「ガッツ・エンターテイメント」をはじめ、これまでに9枚のオリジナルアルバムをリリースしている。
Twitter:@yasuo02080303
四星球オフィシャルサイト:http://su-xing-cyu.com/