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ライムスター宇多丸エッセイ「『免許がない!』のは映画のせいだ。」

ライムスター宇多丸エッセイ「『免許がない!』のは映画のせいだ。」
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 公共交通機関網が異常に充実している場所に生まれ育ったこと、隙あらば酒が飲みたいクチであること、何より自分のドライバーとしての資質に信用がおけないこと、などなど、人生ここに至るまで私が自動車免許を取得していない理由は様々に並べ立てることができるのだけれど、ひょっとしたら最大の要因は、「映画の見過ぎ」だったのかもしれない、という気がしてきた。

 というのも、そもそも映画の醍醐味とは、極論すれば「実人生ではできれば遭遇したくない局面を、安全圏から擬似体験できる」ところにある、と言えるからだ。そこで主人公がわざわざハンドルを握った以上、何事もなく安全運転お疲れ様でした!で済むことなどむしろレアケース、たいていは、ロクでもない災厄がその身に降りかかってくることになる。

 たとえヒーローが華麗なドライビング・テクニックで見事敵を出し抜いてみせる、というような「カッコいい」場面であっても、そもそもそのように、交通法規無視もやむなしの危機的状況に陥っているということ自体、改めて考えるまでもなく、自分自身では金輪際味わいたくない経験であろう。つまり、およそすべての「カーチェイス」シーンは、それがド迫力の面白さを誇れば誇るほど、慎重派たる私を現実の自動車運転からは遠ざけるばかりなのだ……『007』『マッドマックス』『ワイルドスピード』、すべて論外である。

 そこまで極限的な事態でなくとも、渋滞(『ウィークエンド』)や事故(『クラッシュ』)への巻き込まれ、しつこい煽り運転(『激突!』)、閉ざされた車内空間での果てしない罵り合い(『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』)まで、映画にとってクルマとは、常になんらかのドラマティックな起伏を用意する格好の装置であり続けてきたし、そのぶん私にとってはどんどん、「はたから見てるだけなら楽しいけど……」な領域となっていった次第である。我ながら、典型的な頭でっかちと言わざるを得ない。

 そんな私が、「あ、免許欲しいかも」と一瞬でも思った作品を、ふたつほどご紹介してゆきたいと思う。

 まず一本目は、これまでもたびたびオールタイム・フェイバリットとして挙げてきた、森田芳光監督のカルト的怪作『ときめきに死す』(1984年)。劇中、沢田研二演じる殺し屋「の・ようなもの」な青年・工藤が、運転席に座るくだりが二度ほどあるのだが、実は彼、免許を持っていない。

 それゆえ、まず最初は、ギア操作がわからずいきなりバックして、駐車中の他のクルマにぶつけてしまう。中に乗っていた加藤善博演じるチンピラめいた男(森田芳光の前作『家族ゲーム』に引き続き、感じ悪さがそのまま可笑しみを醸す好演ぶり)の怒気を含んだ当然の呼びかけに、しかし今で言う「コミュ障」そのものなド天然の不思議ちゃん・工藤は、無表情で車中に閉じこもったまま、一向に応えようとはしない……他者と対峙する覚悟や能力を欠いた社会不適合者、その象徴としての「いい歳こいて無免許」が突きつけられるような場面で、私などは大変居心地が悪くなる。

 二度目は、杉浦直樹演じる工藤の一時的保護者・大倉が、不良グループに襲われ気絶してしまったので、彼をなんとか拠点である別荘まで運ばなければならない、というシーン。前回と違い、もはや頼りになるオトナの男たる大倉の庇護は受けられない、というのがポイントだ。明らかに何をしていいかわからなそうな工藤に向かって、樋口可南子演じるコンパニオン・梢は、「そんな顔してクルマの運転もできないの?」と、半ば呆れ半ば憐れむような表情で言い放つ。いざというときに自動車ひとつ動かせない、たしかにこれほど役立たずなことはあろうかと、思い知らされるような一幕である。

 実際、冒頭で書いたことにも通じるが、私がこれまで免許なしでもつつがなく暮らしてこれたのは、ひとえに現居住地域の公共インフラが問題なく機能してくれているからであって、その基盤はいかにも限定的で、脆弱なものと言わざるを得ない。特に、いよいよ何が起こるかわからなくなってきたこれからの時代、人としてのサバイブ能力を高める意味でも、やっぱ運転くらい、普通にできないとヤバいのかもしれない。そんなことが、『ときめきに死す』を観るたび頭をよぎるのだ。まぁ、よぎるだけなのだが……。

 残るもう一本のほうは、もう少しポジティブなロジックで選んでいるのでご安心いただきたい!

 先ほどは意図的にそこには触れずに論旨を進めたが、実は映画においても、必ずしも危険や障害が絶対の条件ではなく、それでいてドライブという行為そのものがしっかり魅力的に描かれる一大ジャンル、というのが存在する。すなわち、「ロードムービー」である。

 なかでも私が、「こんなクルマで、こんな旅、自分もいつかしてみたい!」と初めてはっきり思ったのが、『がんばれ!ベアーズ 特訓中』(1977年)だ。テイタム・オニール、ウォルター・マッソー主演で大ヒットした一作目に対して、その二人が出演していないこちらは(日本が舞台となる1978年の三作目ほどではないにせよ)とかく軽んじられがちな一作ではあるが、個人な思い入れで言えばこちらが上かもしれない。

 前作で絆を深めた野球少年たちが、今度は監督=オトナ不在のまま、つまり子どもたちだけで(!)、テキサス州ヒューストン、アストロドームでの遠征試合目指して旅立ってゆく……というのがお話の発端なのだが、そこで彼らが押し合いへし合いしながら乗り込む(借りパクしてきた)ワゴン車、その珍道中の、まぁ楽しそうなこと楽しそうなこと!

 本来は「単独行動こそ至高」スタンス、根っからのひとりっ子体質な私だが、『特訓中』の彼らが発散する圧倒的なエネルギーと多幸感に触れるとつい、今も心底うらやましく感じるし、仲間に入りたい、と思ってしまう。過去に私が運転したかったクルマというのがあるとしたら、間違いなくそのひとつはあの、オレンジと黄色でペイントされた、ボロっちくてやかましいワゴンだ。

 同時に、成人した今、メンバーもスタッフもまとめてグラキャビ(トヨタ・ハイエース グランドキャビンの略称で、ライムスターで『グラキャビ』という曲も作ったのだ)に揺られつつツアーをしているあの瞬間は、実は私もちょっとだけ、ようやくベアーズ気分を味わえているのかもしれない、とも思う。私はと言えば、定位置の後部座席で無責任にくつろいでいるだけではあるのだけども。

 ちなみに、『特訓中』劇中でこのワゴンのハンドルを握っているのは、ジャッキー・アール・ヘイリー演じるシリーズおなじみの不良少年・ケリーで、彼とウィリアム・ディヴェイン演じる父親の対立と和解が描かれる後半以降も実に感動的、ではあるのだが……よく考えてみたら、序盤にはケリーがタバコを咥えオトナのふりをしてパトカーを間一髪やり過ごす場面があるくらいで、やはりまだ未成年、つまるところこいつも結局、無免許、ということに変わりはないのでは……?

 つくづく私は、運転免許取得に向いていない思考をしてしまう人間のようだ。

著者:宇多丸(うたまる)
1969年東京都生まれ。ラッパー/ラジオパーソナリティ。 1989年にヒップホップ・グループ「ライムスター」を結成。日本ヒップホップの黎明期よりシーンを牽引し第一線での活動を続ける。また、ラジオ・パーソナリティとしても注目され、2009年にはギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞。『KING OF STAGE~ライムスターのライブ哲学~』発売中、『MTV Unplugged: RHYMESTER』
4/28 CD, DVD, BD 各種音楽配信サービスから同時リリース予定
Twitter:@_rhymester_
TBSラジオ 「アフター6ジャンクション」:公式サイト

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