COLUMN コラム

僕らはなぜか、車の中で素直になれる【寄稿・ウイ】

この記事をシェアする

<この記事は7分で読めます。>

人と人との関係やコミュニケーションに関する著書を持つライター・コラムニストのウイさんが丁寧に紡ぐ、車と、車の中での人生の1ページ。大切な人と車の中で交わす会話の場面を切り取った、4つのお話です。

少し変わった関係の兄と過ごす車の中

山形の実家に帰省するたびに親の年齢が気になるようになりました。

二親とも健康とはいえ、もう70歳近いのです。18歳で上京してから約20年。帰省するのは年に1回あるかないか。どうしても「両親の顔をあと何回見られるんだろう」と考えてしまいます。

僕には年子の兄が一人います。兄は親のそばで暮らしています。

年子の兄弟というものは不思議なもので、幼少の頃はまるで一番の友達のように一緒に遊び、共に過ごすのですが、小学校に入る頃から疎遠になることが多いのです。理由はさまざまなのですが、僕の場合は少し特殊でした。

兄は少し変わった性格で「他人からどう見られるか」ということを気にしません。結果、学校では「浮く」とまではいかないものの、「少し変わった人」として認識されているようでした。

そんな兄がひとつ上の学年にいるというのは居心地が悪いものでした。「変わりものの弟が入学したらしい」と、わざわざ見に来る上級生もいました。学校での微妙な距離感に引きずられ、家でも兄との会話は減り、僕はそのまま18歳で実家を出ました。

それから約20年が経ちました。兄とは決して仲が悪いというわけではなく、顔を見れば二言三言言葉を交わします。でも、精神的には疎遠な状況が続いているような気がします。仲は良くないけど、悪くもない。でも、喧嘩をしているわけではないので仲直りをする必要もない。少し変わった関係です。

先日、新型コロナウイルスの影響が少し落ち着いたタイミングで久しぶりに帰省した際の出来事です。最終日、駅まで兄の車で送ってもらいました。兄が運転して僕が助手席。駅まで30分。空いている田舎の田んぼ道を走る。地元から出たことがない兄と都会で暮らす弟。共通の話題はなく、当たり障りのない話題を探します。

その時、ふと兄貴から「オヤジもおふくろも年取っただろ」の言葉。

予想していなかった問い掛けに僕は「そうだね。もういい歳だもんね」と返し、そこから駅までの残りわずかな時間、親の話をしました。

僕は最後に車を降りる前、「オヤジとおふくろのこと、よろしくお願いします」と言って、兄に頭を下げました。助手席から運転席に向けてだったので少し斜め気味です。兄に頭を下げたのは初めてかもしれません。

ほんの少しだけでも兄と親の話ができて良かった。最後に「よろしくお願いします」が言えてよかった。兄は変わり者かもしれないけど、立派な大人だし、親のことを僕以上に考えている。兄に車で送ってもらわなかったらきっと知れなかった。新幹線で流れる景色を見ながら、そんなことをぼんやり考えました。

ドライブの帰り道、誰かと打ち明け話を交わす車の中

週末。何人か友達を誘って行く旅行やキャンプ。いつもより大きな車を借りて荷物を積み込み、朝から目的地に向かって高速道路を走ります。行きの車内はお祭り騒ぎ。「大人が予定を合わせてみんなでお出かけする」というイベント感だけで気持ちは高揚するものです。

音楽を流し、知っている曲が流れれば歌い、冗談を言い合う。そろそろ運転を変わってほしいとか、お腹減ったとか、トイレに行きたいとか、今サービスエリア出たばかりだぞ、とか。海が見えれば「海だ」と騒ぐし、紅葉がきれいなら「きれいだ」といちいち騒ぐ。その時間は、電車やバスでは過ごせない、車ならではの特別なものだと思います。

帰り道。今度は家に向かって車を走らせます。日が傾き、ナビの到着予定時間が近づくにつれ、行きと同じ道なのに、車内の空気が変わります。誰からともなく始まる近況報告や打ち明け話。だいたい話し込むのはいつも運転手と助手席の二人です。恋人と別れそうだとか、転職しようか迷っているとか。友達だからアドバイスを押し付けるようなこともせず、ただ話を聞く。後部座席の何人かは寝ていて、何人かは流れる景色を見ながら静かに話を聞いている。何人かは寝ているふりかもしれない。

旅行の思い出はいつも楽しいものばかりですが、僕は特に車で行く旅行が好きです。それは、こういった行きと帰りの車内の特別な時間を貴重なものだと感じているからなのかもしれません。

しらふでしかできない話をする車の中

大人になると僕たちの「遊ぼう」は「お酒を飲みに行こう」に近い意味を持ってしまいます。気のおけない友人や、仕事の仲間との集まりであれば、それでもいいのかもしれません。でも、気になる人とのデートまでついつい、お酒に頼ってしまいがちです。

駅やお店で待ち合わせをして、ビールやハイボールで乾杯。確かにお酒が入れば話も弾みます。これから仲良くなろうとする男女にとって、お酒は欠かせないツールのひとつだと思います。付き合うまでのデートの全てが居酒屋デートになるのもたぶん珍しくないことだと思います。

でも、しらふでしかできない話ってあると思うんです。その人の恋愛観や人生観を知りたければ、お酒はないほうが良いと思うんです。

僕は、気になる女性とは必ず車でデートをしたいなと思います。それはもちろん車内でしらふの話がしたい、という思いもあるのですが、「助手席と運転席」という距離感は居酒屋では見られない一面を見せてくれると思うからです。よく「車の運転が荒い人は、人付き合いも乱暴」といわれますが、僕は本当にその通りだと思います。そして助手席での振る舞いにもよく人間性が現れます。一緒にいて居心地が悪くないか、お酒抜きでも話が弾むか、どんな価値観を持っているのか。恋愛へと発展しそうな関係性の二人に、車は特別な空間を提供してくれるはずです。

大事な人と、大事な話をする車の中

この世には「なぜか自然に打ち明け話ができてしまう場所」が用意されています。

例えばそれは深夜のファミレス。終電間際の改札前。旅先の宿。キャンプ場の焚き火の前。そして、車の中。

大事な話をするならば、車の中、は非常に優秀な環境です。運転しながらでもいいし、どこかに停めてもいいし、邪魔にならなければ音楽やラジオを流してもいい。雨が降っていれば雨音をBGMにだってできる。お互いの顔が正面から見えないから、テーブルを挟んで向かい合って話すよりも、言葉が出てきやすいのかもしれない。他人の目や耳を気にしなくていいし、空間として閉ざされているから話に集中できる。相手の声の変化に敏感になれる。相手が今どんな表情で聞いているのか想像しながら、いつも話せないようなことが話せてしまう。

僕たちは大人になるにつれ「打ち明け話」をしなくなるような気がしてなりません。何かあれば一人で考え、決めて、行動する必要があります。「大人だから」という抗えない理由があるからです。

恋愛や仕事で失敗したり悩んでも、どうってことない顔をして過ごさなければいけないですよね。他人の悩みにも必要以上に踏み込まない。僕たちの日々の生活は忙しく、油断していたらあっと言う間に月日は過ぎていきます。スマートに振る舞わないと生活が成り立たないのが大人でもあります。

でも、みんな本当は話したいことがあって、聞きたい話があるんですよね。だって、車の中ではあんなに素直に話ができるのですから。兄のように。キャンプに行った友人のように。

僕が今住んでいるのは横浜の繁華街で、車がなくても徒歩や電車やバスを使えばどこにでも行けます。車がなくても生活するにはまったく困りません。それでも、これからも僕の生活に車は欠かせないのです。

もちろんそれは、単に移動手段だからという意味ではありません。大切な人たちと大事な話をする場所として。大切な人に話を聞いてほしいとき、そして大切な人から聞きたい打ち明け話があるとき、今後も僕は車を選び続けようと思います。

著者:ウイ
38歳独身。ライター、コラムニスト。恋愛指南ブログ「ハッピーエンドを前提として」、オンラインサロン「喫茶 クリームソーダ」を運営している。その他、Webメディアにてコラム連載や書評や対談など多数。著書に『ハッピーエンドを前提として』(KADOKAWA)、『エンドロールのその後に』(大和書房)がある。
ブログ:ハッピーエンドを前提として
Twitter:@ui0723

編集:はてな編集部

この記事をシェアする

MEMBERSHIP

1分のメンバー登録で、
お得情報、見積もり保存、クルマ比較を
ご利用いただくことができます。

メンバーシップに登録

SNSをフォローする

PAGE TOP