COLUMN コラム

東京とマイカーと子育てと青春【寄稿:本人】

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東京在住。乗る車は主にレンタカー……だった男性が、マイカーを手に入れた理由とは?お子さんの誕生によって変化していく人生とカーライフにまつわるあれこれを、ブロガーの本人さんが綴ります。

オムツを開けた瞬間におしっこを飛ばすマンガみたいな展開、一時期Twitterなどで話題だったタケモトピアノのCMソングによる泣き止み。──おととし誕生した男児は、その成長の中で父親初心者の私に「これが噂の!」と言わしめる育児イベントを次々と披露してくれた。そしてここ最近はいつのまにか、あまたのキッズがことごとくハマってきたのと同じく、すさまじいまでの「クルマ」に対する情熱を見せ始めている。

ミニカーならば消防車や救急車は当然の必須科目。ほかにも「強くて包容力のある人になってほしい」という願いからアルファードを渡されたり、CRAZY KEN BAND好きの妻経由で香港タクシーをもらったりして、どれも日替わりで遊び尽くす男児。もちろんオモチャだけでなく実車も大好きで、言葉を発しない頃から都営バスやトラックを見ようとベビーカーから身を乗り出していたし、今だって多少のぐずりであれば我々大人の「クルマでお出かけ行くよ」のひとことで簡単に機嫌を直す。

こうして我が家はいま毎週のようにトミカを納車し、週末は昨年迎え入れたマイカーで遠近問わずさまざまな場所に赴いて過ごしている。「まさかこんなに車のオモチャが自宅にあるなんて」「まさかこんなに車に乗るとは」なんて、わんぱくが寝静まったあと夫婦で会話している。

<この記事の目次>

  1. 東京のクルマを持たない生活から脱却
  2. マイカーが織りなす数々の想定外
  3. 2人目誕生の真夜中を走る
  4. これからも“ウンテンシュ”でいたい

東京のクルマを持たない生活から脱却

大人ひとりにつき自家用車1台が当たり前。そんな田舎街に生まれた私だったが、18歳で上京して以降「マイカー」という概念とはまったくといっていいほど縁がなかった。学生の頃は遠出するにしても友人とお金を出し合ってレンタカーを借りるのが常だったし、卒業したって20代サラリーマンの給与明細を見て「よっしゃ週末にカーディーラー行ったろ」なんて豪快なことを思いつく余裕もない。ここ数年だってスマホからパパッと検索と手続きが可能なカーシェアリングがとにかく便利すぎて、このままの暮らしでも全然よいと思ってきた。

なにせ東京生活の中でマイカーを持つ行為にはなかなかの勇気が必要だ。「どこでもだいたい電車とかで行けるのに?」「駐車場代とか維持費がかかるのに?」といった周囲や内面からの問いかけは確固たる信念や必然性がなければ跳ね返せないだろうし、乗り物以外の誘惑(あるいは出費)の多い日々においてクルマを最優先事項にするのはとても困難だった。

だが、最終的に私が「さすがにこの実入りで買うわけには」「ま、別になくても暮らせるしな」とかの寝ぼけた考えに一発くれてやることができた理由は2つ。ひとつは10代の頃からの悲願で、もうひとつは冒頭で述べたわんぱく男児の誕生である。

日産ラシーン、2000年代初頭に生産が終了したが最近でもアニメ『ゆるキャン△』に登場して存在感を放つ、アウトドアライクな外見が特徴的なSUV。角張ったフォルムとアーシーな配色は、キャンプインフェスが産声を上げた1990年代後半において最良の選択肢に思えた。音楽にもキャンプにも魅了されていた自分は21世紀に入ってからも「いつか買うならこれしか」という思いをくすぶらせ続け、ブラウザのブックマークの片隅には中古車売買サイトのラシーンの検索結果がずっと居座っていた。

そんなくすぶりが20代30代のさまざまを経て「妥協は意外とあとを引く」という学びに背中を押され、レンタカーやカーシェアだとチャイルドシートを都度都度申請・取り付けなければならないという面倒くささがとどめをさした。そういうときに限って欲しい条件を揃えた逸品が中古市場に出現してしまったので、私は喜んで業を背負うべく一歩を踏み出した。

2年前、購入を決めた日はちょうど帰省して10代を共に過ごした友人たちと飲んでいた。下校中によく買い食いしていた地元駅前ファミリーマートは居抜きで中華料理屋となり、我々はそこでたいしてユニークでもない酒を飲む。そして友人は「おまえずっとラシーンって言っとったもんな、ついに買ったかー」とまるで自分ごとのようにしみじみ喜んでくれた。

ミッシェル・ガン・エレファントやエヴァンゲリオンについて興奮しながら話していたような友人と、いまや育児や保険の話をしている不思議。それを改めてかみ締めるタイミングでマイカーを手に入れたこと。決して長くはない人生なのに、ここにきて何かひとつの区切りのようなものを感じた。

マイカーが織りなす数々の想定外

納車は滞りなく済み、後部座席にチャイルドシートを固定して横に妻が男児の機嫌を取るべく座る。そんなふたりを車内バックミラーからちょいちょい眺める私。そんな体制のカーライフがスタートした。

あれだけ憧れたラシーンではあるが、実際に乗ってみたらアウトドアのイメージとは異なり車内はとても窮屈だった。車内後方にはベビーカーを入れていたが、そこにトランクや大きな荷物を加えるのはなかなか難しい。また、いくら状態が良いとはいえ年代物で、いたるところで古さが隠せない。不要な灰皿やカセットデッキは許容しても、加速性能のポンコツさときたら……実家のカローラであればすぐ時速60kmになるくらいアクセルを踏んでも、ラシーンはイキった音が空回りするだけで速度はもったりと40kmくらいで留まる。「おお……このスペックのクルマで、駐車場代が1日あたりXXX円……」と思うと、購入を決めた自分に対して恨めしい気持ちになったこともある。

しかし、そんな逆境も1歳児の明るい未来の前には帳消しである。育児におけるマイカーの恩恵は計り知れなくて、よく巷で言われている「ぐずる子は車に乗せれば落ち着く」は本当にそう。揺れ方なのか景色なのか、車に乗せれば彼はだいたい静かになってくれる。また、IKEAやコストコ、郊外型ショッピングモールといった親の買い物欲求と子供の走り回りたさをそれぞれ叶えるだだっ広い建物への行きやすさよ……! シートベルトのヘタリなんて気にならなくなる。いや本当に気にならないですってホントホント。

ほかにも、大変ではあったが眠たさで泣き虫になった子をバックミラー越しにあやしながら妻との待ち合わせ場所まで向かう道中など、ドライブ中に思い出深いワンシーンはいくつも生まれてくれる。たった1年弱で、泣かせにくる系のドラマ仕立てCMみたいな光景の撮れ高はバッチリだった。

2人目誕生の真夜中を走る

当初、乗車中ポカーンと車窓の景色を眺めていただけの男児がやがて「ウミ」「ショウボウシャ、イタ」「アカイトラック、オオキイ」と話すまでに成長し、親子3人のカーライフもそこそこにこなれて迎えた2020年。約40週の妊娠期間が終盤を迎え、ようやく妻の腹から第2子が誕生しようとしていた。

国内アーティストが東京ドームなどの大型公演をキャンセルし始め、新型コロナウイルスのただごとでなさが顕在化しはじめていた春の初めの26時、「破水した」と妻。当然のことながら電車はなく、マタニティタクシーを待つ時間も惜しい。手伝いに来ていたばあばに長男の見守りを託し、我々夫婦はラシーンに乗りこんだ。

自粛の影響なのか深夜だからか、我々の前方を遮る車はほぼゼロで、こんなに快適な東京の道は生まれて初めて。スイスイと進む道中はまるで何かに導かれているようで、特別な時間であることを強調させた。

「そういえばふたりで車に乗るのはとても久しぶりの気がするな」と、思い出す。交際初期にレンタカーの助手席からスイカバーを食べさせてもらった道中や、神戸から弾丸日程で強行した四国へのドライブ……そして首都高に乗ってしばらくすると、かつてプロポーズめいたことをした東京タワーまでもビルの間から顔を出す。思い出総集編だ! 横目でもわかるほど煌々としたタワーの赤い光は、我々ふたりをつなげた遠因でもある作家・雨宮まみさんの作品のような生の強さを連想させ「これは強靭なお子が誕生しちゃうな……!」と頼もしさも覚えた。

おかげさまで病院にはわずか十数分で到着。まるで当然のように安産で終わり、けれども到着を急ぐあまり上限なしのコインパーキングに停めて私は計8,000円近くを支払うことに。ああ本当に都会で車はカネがかかるものだ。

これからも“ウンテンシュ”でいたい

2020年もあとわずかのいま、おかげさまでカーライフはとてもワチャワチャしている。後部座席のチャイルドシートにはイヤイヤ期に突入した2歳児が座り、その横は繭のようにクッション性の高いベビーシートで0歳児が横たわっている。大きいほうは号泣もするが先日「パパ、ウンテン、アリガト」と配慮も見せて奥ゆかしく、一方の0歳児はだいたいぐっすりと振動に身を任せている。助かってはいるが、車内の手狭さはいよいよつらい。ふたりを見なきゃいけない妻は大変そうだし、もはやバックミラーで全員を一斉に見ることができなくなった自分もなんとなく忙しい。

運転席の背後にはおしりふきがかけられ、後部座席の足元にお菓子の破片が散乱する混沌の車内。ラシーンに乗ってカッコつけたがっていた10代の自分には「現実、そんなシャレたもんじゃないすよ」など言いたいことがたくさんある。しかし、この想定外ルートもなかなか悪くない。少なくとも、このせせこましい車内に閉じ込められた我々4人は、いかにも「家族」というパッケージに見えて、それはそれでいい光景だ。

車庫入れのとき、先に降りた男児が車内の自分を見つめている姿を横目に見る。それはかつて子供の頃の自分のようで、改めて「ああ、親になったのだな」と自分の生き方に奥行きを感じた。こうしたお気持ちイベントを積み重ね、我々のカーライフはますますの実りをつけていくのだろう。


著者:本人
平日にサラリーマンをしつつ、さまざまなライブやフェスに足を運んでその様子を記録するインターネットユーザー。現在はステイホーム下の育児で混沌と発見の日々を送る。エッセイ『こうしておれは父になる(のか)』発売中。
Twitter:@biftech

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